チビッ子連れで天橋立・舞鶴へGo~ その5 舞鶴港で魚釣りして舞鶴引揚記念館を見学(2019/9)

2019年9月14日から16日まで天橋立、舞鶴に行ってきました。

9月16日(月)、旅行3日目、あっという間に最終日。舞鶴港の海沿いに宿泊中。

この日も早起きしたオットサンは、昨日は内陸側の東舞鶴駅に散歩し、今日は舞鶴港を散歩しました。

ホテルの窓からよく見える、新日本海フェリー舞鶴港フェリーターミナルへ向けて歩きました。

ホテルを出て海沿いを歩いていると、舞鶴の魚料理屋さん、魚源(ととげん)の東舞鶴店の新機出店準備中でした。魚源は、一昨日の夕食で、西舞鶴駅の近くで食べた魚料理屋さんでしたね。190916-060007-P1090333_R.JPG

ホテルのこんな近くに2号店が出店準備中とは奇遇です。190916-060019-P1090334_R.JPG

ちなみに、魚源(ととげん)さんのHPはこちらです

HPを確認すると、11月から東舞鶴店オープン、と書いてありますね。結構、テレビの取材もあったりしています。確かにおいしかったです。

こんなのを眺めながら舞鶴港沿いの道、潮路通を西方面へ歩きます。

しおじプラザという広場から、人と自転車だけ渡れる橋を北へ渡って前島みなと公園のエリアへ。橋から東方面を眺めると、たくさんの船が停泊してあるのと、海の右側に、宿泊しているホテルの姿が、そして写真右端隅に工事中の魚源の店舗が見えます。190916-060709-P1090340_R.JPG

前島みなと公園エリアに入って東へ進み北へ進むと、新日本海フェリーのフェリーターミナルに。早朝6時過ぎ、フェリーの運航がない時間帯でしょう、クルマも人も気配がないです。190916-061554-P1090342_R.JPG

フェリーターミナルを確認して、西へ歩きます、突き当りの岸壁にたくさんの釣り人がいました。結構釣れているようだし、昨日かったエサもまだ残っているので、あとで来ようと思います。190916-061958-P1090351_R.JPG

てくてく戻り、しおじプラザという公園に戻ってきました。ここ、ソ連による抑留から解放され、引揚船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親が待ちわびた、五条桟橋があった場所だそうです。岸壁の母、昔テレビドラマで見た記憶があり、あとで舞鶴引揚記念館も見学してみることにしました。190916-063746-P1090353_R.JPG

7時前、ホテルに戻ってくると、チビッ子はまだ寝ていました。190916-065132-P1090358_R.JPG

窓から見える舞鶴クレインブリッジ。昨日、魚釣りで親海公園へ行くとき通りました。きれいな橋です。190916-080735-P1090363_R.JPG

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チビッ子を起こし、朝食を食べ、宿題をして、190916-080813-P1090368_R.JPG

8時半頃、チェックアウト。車は引き続き止めさせてもらえます。自転車を取り出し、190916-083035-P1090369_R.JPG

釣竿とエサを持って、フェリーターミナル付近の岸壁に向かいます。190916-083313-P1090372_R.JPG

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魚源の2号店ができるらしい、の情報を伝え、走ります。190916-083452-P1090379_R.JPG

魚釣りポイントの岸壁に到着。190916-085036-P1090384_R.JPG

フェリーではないけど大きな船が出入りするのを眺めながら、、190916-085234-P1090385_R.JPG

釣れました。190916-085338-P1090387_R.JPG

昨日と同じコイワシではありますが、一回り大型ですね。190916-085339-P1090388_R.JPG

釣った魚は、地元も人はもちろんクーラーに入れて持って帰ってますが、我々は料理できないので釣ってすぐ放流しました。190916-091140-P1090403_R.JPG

何匹か釣ったチビッ子は、オッカサンも指導し、見事釣ってました。190916-090003-P1090389_R.JPG

何匹か大きな魚が釣れましたが、190916-090428-P1090394_R.JPG

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この日一番の大物が釣れました。190916-090637-IMG_7744_R.JPG

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体長20cm超え、チビッ子によるとかなり重かったそうです。190916-092012-P1090404_R.JPG

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オットサンも大きな魚に挑戦しましたが、チビッ子のにはかなわなかったですね。190916-092217-IMG_7764_R.JPG

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ここの岸壁は、ちょっと遠くに自衛隊桟橋があります。190916-092312-P1090411_R.JPG

わりと近くに艦船が眺められます。190916-092837-P1090417_R.JPG

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1時間ほどすると、エサがなくなってきました。まだまだ釣れそうではありますが、これで終了。

前島みなと公園エリアを走り、190916-094641-P1090425_R.JPG

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赤れんがパークのあたりに出て、190916-095533-P1090434_R.JPG

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自衛隊桟橋を過ぎ、190916-100419-P1090449_R.JPG

オットサンが行ってみたかった、東郷邸に向かいました。

海軍カレーを食べたしらね食堂がある、海上自衛隊総監部から、北へ走ります。上り坂を登り、東郷邸の看板に到着。190916-101527-P1090452_R.JPG

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残念ながら、月1回、毎月第一日曜にみの公開で、この日は公開されてませんでした。
(詳細はこちらに載ってます  https://www.mod.go.jp/msdf/maizuru/kengaku/tougoutei01.html

1905年、日露戦争で当時無敵のバルチック艦隊を撃破した連合艦隊司令長官となる前、1903年、舞鶴鎮守府が開庁されて初代司令長官のときに約2年間住まわれた場所だそうです。

見たかったけど公開されてないので仕方ないですね。

引き返します。海上自衛隊総監部を過ぎ、赤れんがパークも過ぎ、旧舞鶴線跡を走ります。190916-102502-P1090458_R.JPG

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11時ころになり、東舞鶴駅近くで昼食を食べようということになりました。190916-103603-P1090465_R.JPG

ちょっとうろうろ走ると、ひつまぶしやさんが見つかり、入りました。190916-105007-P1090468_R.JPG

浜名湖のうなぎだそうですね。190916-110159-P1090473_R.JPG

名物ひつまぶしをいただきました。190916-111055-P1090478_R.JPG

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大変おいしかったですね、もうちょいっとボリュームが欲しいなとも思いました。

チビッ子もたくさん食べました。190916-112529-P1090483_R.JPG

昼ご飯を食べ、自転車でホテルに戻ります。190916-114717-P1090492_R.JPG

内陸側から北方面、舞鶴港へ走ります。190916-114748-P1090493_R.JPG

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12時ころ到着。自転車をクルマに積み込んで、さようなら、ホテルベルマーレ。ご飯屋さんも近いし、部屋のジャグジー風呂から舞鶴港が一望できるし、かなり居心地よかったです。190916-115436-P1090508_R.JPG

ホテルを出て、舞鶴引揚記念館へ向かいました。

車で10分も走ると到着です。190916-121819-P1090511_R.JPG

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シベリアの地での抑留生活を知る資料をはじめ、引き上げに関する模型や写真など、たくさんの展示がありました。190916-121939-P1090515_R.JPG

舞鶴では主として旧ソ連、中国などの大陸からの引揚者を迎え入れたそうです。13年間に66万人余りの引揚者と、1万6千体以上の遺骨を受け入れ。終戦後、大陸に残された日本人約60万人がソ連へ送られ、そのうちの47万2千人がシベリア各地のほか、コーカサス、北極圏などの収容所で長い年月抑留生活を強いられました。190916-122744-P1090516_R.JPG

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抑留生活体験室というのがあり、入ってみました。190916-124138-P1090534_R.JPG

体験者の回想記録画などをもとに収容所が再現されています。狭く寝心地の悪いベッドに横になったり、かばんの中身や極寒を耐えた衣類に触れることができます。190916-124239-P1090542_R.JPG

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歌謡曲「岸壁の母」のモデルになった端野いせさん。190916-125135-P1090559_R.JPG

戦争が終わっても帰らぬ息子の無事を信じて港の岸壁で待ち続けました。1981年、昭和56年に亡くなられたそうです。

中村玉緒主演の映画ポスターなども展示されてました。190916-125128-P1090558_R.JPG

引揚記念館を見学したあと、190916-132058-P1090567_R.JPG

丘の上にある引揚記念館から舞鶴クレインブリッジを見学し、190916-132301-P1090572_R.JPG

クルマで3分のところにある復元引揚桟橋に行ってみました。舞鶴クレインブリッジがかかる湾の海岸まで下り、現場に到着。190916-132745-P1090574_R.JPG

戦後まもなく引揚港に指定されて以来13年間、昭和33年まで、この写真のような姿で使われたんだそうです。190916-132721-P1090573_R.JPG

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先ほど見学した引揚記念館が昭和45年に整備され、ここ平桟橋は平成6年に復元されたそうです。190916-132758-P1090576_R.JPG

第二次世界大戦の終結後、軍人と民間人をあわせ、660万人以上といわれる日本人が海外に残され、軍港だった舞鶴をはじめ、浦賀、呉、下関、博多、佐世保、鹿児島、横浜、仙崎、門司が引揚港に指定されました。190916-132849-P1090578_R.JPG

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うち舞鶴は、昭和25年以降は、国内唯一の引揚港として昭和33年9月7日最終船まで、13年間にわたり使われたそうです。190916-132942-P1090589_R.JPG

今は平和そのものですが、こういった歴史の上にあるんですね。いろいろ知らなかったことが多いです。190916-133033-P1090592_R.JPG

この復元桟橋から海を眺めると、あちこちに杭があります。このときは何のためにあるのかよく分かりませんでした。自宅で調べると、大型の引揚船から桟橋に降りるためにたくさんの小舟が必要だったので係留用にたくさんの杭が埋められたんだそうです。190916-133103-P1090593_R.JPG

その後、引揚事業が終了して引揚者の一時収容所施設などがあった場所は、木材の加工工場となり、この杭も輸入木材の係留に使われたそうです。

チビッ子、感慨深げに海を眺めてます。190916-133157-P1090597_R.JPG

引揚記念館の復元桟橋を見学し、14時前、そろそろ大阪に戻ります。190916-133420-P1090599_R.JPG

途中、まいづるマルシェというお店に立ち寄ってお土産を購入し、190916-140651-P1090601_R.JPG

舞鶴東ICから舞鶴若狭自動車道に入り西へ。綾部JCTで京都縦貫道に入り南へ南へ。大山崎JCTで名神高速道路に入り、大阪方面へ。

16時前、無事に自宅に到着です。190916-155300-P1090609_R.JPG

天橋立、舞鶴はチビッ子は初めて行きました。天気も良く自転車で走り回れたし、まいづるでは海釣りもできたし、引揚事業のことを知ることができたし、、、で大変良かったですね。

また旅行に行きたくなりましたね。





今回の旅行のスタートはこちらです
「チビッ子連れで天橋立・舞鶴へGo~ その1 天橋立、知恩寺へ(2019/9)」






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